近未来の連句 



平成は連句革新の時代




いま最も時代が待ち望んでいるのは、連句の革新である。
  「詩あきんど」主宰 二上貴夫



昭和の終わり連句復興の兆しが見え、連句グループの全国連絡組織として「連句懇話会」が昭和56年11月に設立され、昭和58年「青土社」から文人(石川淳・井上ひさし・大岡信・杉本秀太郎・野坂昭如・丸谷才一・結城昌治)による『酔ひどれ歌仙』が出版され、そして『俳句研究』が昭和59年9月号に「連句特集」を組んだのです。


こうして、連句=歌仙として「連句リバイバル」が始まり、全国各地に連句を実作するグループが現れ、現代連句といえる或る作品水準群(昭和57年・第1回連句懇話会賞「満天星の巻」など)を得るところまでになり、平成の始め「連句ブーム」が起こりました。


この「連句ブーム」は、はじめ江戸以来の最もオーソドックスな連句形式である「歌仙」の普及を目差したものでしたが、いっぽう、時代の要請として現代にふさわしい連句形式を模索する実験でもありました。つまり、俳句は子規や虚子によって、川柳は川柳六大家によって明治以降革新されて文芸ジャンルを確立したように、連句も中世の「百韻」近世の「歌仙」に代わる連句形式を創造しなくては、再び時代に取り残されてしまうかも知れないのです。


こうした連句革新への問題意識は、平成10(1998)年、あらゆる連句形式を対象とした画期的な「連句文芸賞」が催され、新しく考案された形式の連句もオンパレードし、連句形式の坩堝としての平成時代を壮観させるもの(『わいわい連句遊び』参照)でした。


現代は「座」「旅」というコミュニケーションに加えて、郵便やファックスやインターネットを用いたテレビ電話までの多様なメディアが出現している時代です。「伝統は守るものではなく、活かすものだ」との名言もあるように、昭和末から平成の始めの「連句リバイバル」「連句ブーム」によって呼び覚まされた、世界に類例のない日本固有の連句を、平成の現在へと繋ぎ留め、近未来の連句革新へと試作して行きましょう。                 2016.11.1


  
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