其角年譜
■淡々編『其角十七回』所収の「其角・自筆原稿」を基に、年譜を作製中です。
※茶色(イタリック)の部分が「自筆原稿」、黒字の部分が補足と注(2005.6.30現在、補足増補中)です。

西暦

年号

干支

年齢

出来事

1661 寛文1 1歳 七月十七日 母霊夢 人目には過ると見えてうろくつの数しら波の宝まふくる
七夜暁 住吉の松を秋風吹からに声うちそふる沖津白波
1669 寛文9 9歳 父東順霊夢 言のはをせとにも門にも植置ていつれやくにはたちつてとかな
1670 寛文10   10歳  入学 大円寺
1674 延宝2   14歳 於堀江町 本草綱目写 修治 主治 発明
書を佐々木玄龍に習い、この頃、芭蕉門に入るか。
1675 延宝3   15歳 内経素本写 易経素本写
蒲生五郎兵衛需にて伊勢物語書之 右表紙出来本多下野守殿へ献之 右之褒美として刀申請候
1676 延宝4   16歳 草刈三越講筵 服部平助講述 円覚寺大巓和尚詩学 易伝授
1677 延宝5   17歳 桃青二十歌仙
『桃青門弟独吟二十歌仙』の刊行は延宝8年だから、この年に芭蕉の指導で独吟歌仙を試作したのだろうと推測される。発句「月花ヲ医ス閑素幽栖の野巫の子有」
1678 延宝6 18歳 発句合 杉風五十句合作 秋洪水
1680 延宝8   20歳 次韻 信徳七百五十句ニ対ス
『桃青門弟独吟二十歌仙』『田舎の句合』刊行され入集。
1681 天和1 辛酉 21歳 言水編『東日記』(版下其角)に発句28入集。
1682 天和2 壬戌 22歳  冬 朝鮮来聘
千春編『武蔵曲』に発句7「樽うた」入集。12月28日、芭蕉庵消失
1683 天和3 23歳 みなし栗 於芝金地院
歳旦吟「鶴さもあれ顔淵生て千々の春」
1684 貞享1 甲子 24歳 於京 蠧集
2月15日、江戸出立。6月5日、住吉神社での西鶴・矢数俳諧独吟興業に立ち会う。
1685 貞享2 乙丑 25歳 円覚寺164世大巓和尚遷化(1月3日、享年57。熱田よりの4月5日付芭蕉書簡)
木賀温泉に遊び、帰路鎌倉円覚寺参詣。
1686 貞享3 丙寅 26歳 新山家 木賀の記
歳旦吟「日の春をさすがに鶴の歩み哉」
1687 貞享4 丁卯 27歳 続みなしくり 撰之四月八日 妙務尼卒五十七歳
芭蕉、其角の母妙務尼五七日追善俳諧に列席し「卯の花も母なき宿ぞ冷じき」と詠む
10月11日、其角亭にて、芭蕉の『笈の小文』の旅の送別句会が行われる
1688 元禄1 戊辰 28歳 元禄元 上京 季吟亭講歌書 十一月二十二日 宗隆尼卒於堅田葬八十四
9月10日、素堂亭残菊の宴へ出席後、父東順の故郷堅田への旅に出る。
1689 元禄2   29歳 『奥の細道』行脚中の芭蕉へ「さみたれや君かこゝろのかくれ笠」
1690 元禄3 庚午 30歳 「ゆく水や何にとゝまる海苔の味」。俳諧集『いつを昔』刊行。
花つみ二巻一夏百句 撰之
1691 元禄4 辛未 31歳 雑談集二巻 撰之
8月、大山・榎島への旅「よこ雲や離ればなれの蕎麦畠(いせ原)」
1692 元禄5 壬申 32歳 偶吟「蚊柱に夢の浮橋かゝるなり」
1693 元禄6 癸酉 33歳 八月二十九日 東順卒行年七十二歳 萩の露 撰之
芭蕉「東順伝」を送る。
1694 元禄7 甲戌 34歳 句兄弟三巻 撰之 上京 十月十二日 芭蕉卒五十二 枯尾花 撰之 粟津義仲寺 葬之
10月18日、其角の「なきがらを笠に隠すや枯尾花」を立句に、初七日追善之百韻興業
1696 元禄9 丙子 36歳 庭竃牛も雑煮をすはりけり
岩翁篇『若葉合』に序文。
1697 元禄10 丁丑 37歳 うらわかは二巻 撰之
1698 元禄11 戊寅 38歳 12月2日、友人の画家・英一蝶が三宅島に流される。
12月10日、新宅「有竹居」類焼、貞享元年2月15日以来の日記を焼失す。
「酒ゆへと病を悟る師走かな」
1699 元禄12 己卯 39歳 御秘蔵に墨をすらせて梅見哉(伊予松山藩主久松隠岐守定直の四十の賀に持座か)
偶吟「時鳥暁傘を買せけり」
1700 元禄13   40歳 十月 三上吟(芭蕉七回忌追善集)
俳文「早船の記」成る。
1701 元禄14   41歳 六月 焦尾琴
1702 元禄15   42歳 12月14日赤穂浪士吉良邸討入(12月20日付、梅津半右衛門宛其角書簡)
1703 元禄16   43歳 2月4日赤穂浪士自刃「うぐひすにこの芥子酢は涙かな」
1704 宝永元 甲申 44歳 冠里(備中松山藩主安藤対馬守信友)邸での「鶏合」七十番句合せに判詞を認む。
1705 宝永2 乙酉 45歳 病中制禁好「橋桁の串海鼠はつすや月の友」
1706 宝永3 丙戌 46歳 11月22日、次女三輪死す「霜の鶴土にふとんも被されず」
1707 宝永4 丁亥 47歳 2月23日、其角亭を青流が訪ね両吟。「鶯の暁寒しきりぎりす」
2月30日、其角没享年47。枕頭に『類柑子文集』『五元集』あり。芝二本榎上行寺に葬る。
12月下旬、其角追善遺稿集『類柑子』刊行される。
1713 正徳3   没後7 2月29日、深川長慶寺にて七回忌追善百韻。秋色編『誹諧・石なとり』刊行される。
1747 延享4   没後41 自選発句集『五元集』が旨原の編で刊行される。
1804 文化元   没後98 山東京伝が『近世奇跡考』に「榎本其角の伝」を書く。
1926 大正15   没220 勝峯晋風編『其角全集』が出版される。
1994 平成6   没288 今泉準一他篇・勉誠社版『宝井其角全集』が出版される。
2006 平成18 丙戌 没300 其角三百回忌

 
△江戸時代の隅田川と其角「雨乞いの碑」がある「三囲稲荷社」。

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